July 09, 2006
もう10年以上前からネット上の自分と、リアルに会った自分の印象が違うとよく言われます。
ネット上の自分ってすごい冷たい人に見えるらしいんです。ひょっとすると合理主義者とかにも見えているのかもしれない。
実際、冷たくないかと言われれば、自己表現が下手で冷たい対応しかできないケースと、本当に冷たい部分はあるとは思いますけど。
A型気質かもしれないのですが、自分の行動原理には、1週間ないしは1年のスパンで、ある一定のサイクルがあるなぁと最近思っています。
1.日常を行動している自分(ポジティブ)
2.行動を思い返す自分(電車の中とか。ややネガティブ)
3.行動に対して反省してる自分
(年末や週末/めっちゃネガティブな日も。)
4.次の行動へ向けて新たに考え直す自分
(日曜の夜中とか。うまく整理できれば、めっちゃポジティブ)
で、僕が主にblogやmixiに吐き出すところは、
「2.行動を思い返す自分(電車の中とか。ややネガティブ)」
「3.行動に対して反省してる自分
(年末や週末/めっちゃネガティブな日も。)」
なんですね。
だから冷たい人に思われたり、なんかウザイ奴だなぁと思われるような側面を出してしまったり。ただし多分、一番物事を考えてるタイミングなので論理的な側面もあるのかなぁとは思っています。
blogを始める遥か昔から自分の考えを整理するために、こうやってきたので今更変えられないんですが、blogやmixiが現実世界と近くなってきて、自己評価がネットと連動してしまうとなると、これを人に向けて出すことってどうなんだろうって思い始めてきました。開き直ってますけど。
同じようなサイクルを描いている人で、もしネット上の自分を他人によく見せたいと思う人は、
「4.次の行動へ向けて新たに考え直す自分 (うまく整理できれば、めっちゃポジティブ)」
だけをアウトプットすると良いんじゃないでしょうか。
21世紀のネット戦略は、こういうのも必要なのかもしれませんねぇ。楽しいかどうかは知りませんよ。
コメントの義務化に見る『mixi疲れ』の秘密より引用
無理な友達関係の維持、友達演技を続けることから来る疲れを義理のコミュニュケーションとも言います。
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これは『mixi疲れ』だけの問題ではなく、人生を自立的な決断を持って生きていくと言う姿勢が必要になる訳ですね。
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コメントの義務化の罠を脱して、ネットコミュニティを心から楽しもう!!
↑のblogを見てこのネタを書いたんですが、僕からすると、そんなことを考えるぐらいなら、もはやネットをやる価値はないですね。
それはリアル社会を生きぬくために必要なテクニックじゃないですか。なんでそんなことをネットでやらなきゃいかんのだろーと。