March 18, 2004
Orkutが目指すものってのは、「グループ」機能の充実なのかな?
現状はどちらかというと個対個の関係が強い印象だけど、それは「グループ」を構成する一機能でしかなく、機能的にはもっとグループの機能が充実して行って、コモディティ化する場合は、入り口はグループ対グループこそが主役になる。もちろんミクロでは個対個に決まってるので、現状はそこまでは完成してますねという仮説。
世界中のリアル、バーチャル含めたサークルがつながる。個は何がしかのグループに属するが、あくまで個対個のつながりが可能なOrkutの中では、グループ対グループのつながりはきわめて密接で距離が近いものになる。
これは現状の***会社の△△さんという付き合いよりも、多分距離は圧倒的に近くなれると思うんですよね。つまり、今は「個がグループ化されてしまったグループ(SQLのgroup byみたいに)」として、グループ名が先に来るのが現状。しかし、ソーシャルネットワーキングの前では、まさにグループの中の個人同士がつながるため、個人名が先に来る。グループ対グループは今のところつなげる手段がないからね。
ある関係性において、
n = 1 は個人
n > 1 はグループ
とみなすならば、所詮、「友達の友達は友達」というのと全く同じことを言ってるに過ぎないわけですが、この言葉はエレガントすぎて理解しにくいだろうから、もうちょっと社会に根ざして、具体的なストーリーにするなら、
きっかけ
・来週、友人のチームと野球をやるんだけど、どんな奴が参加するかorkutで見てみよう。
・今度、合コンやるんで、あの友達ってどんな人がいるのかなぁ?
・オフ会に参加する人で、会ったことがない、先に会話のネタを仕入れておこう。
情報として
・あ、こいつこんな趣味あるんだ。こんな人なんだ。今度会ったときに話のネタにしよう。
そして、
・面白い奴に出会ったからfriend登録しよう!いつでも連絡できるよね。
システム的には壮大なプロフィール公開サイト。それが統一されたインターフェースでアクセスでき、その他、データのやりとりができるさまざまな機能が付加されているぐらい。そのため安易に考えがちだが、Mayunezu Spaceの「バーチャル」と「リアル」にあるとおり、一度、e-mailなどを受け入れた多くの人は、僕の感覚以上に「e-mailで、お互いがつながっている」という感覚が強いらしい。
そういう意味では、僕がorkutを冷ややかに見てる部分は間違いで、一度、こういうのが受けれいれられたら携帯のメールアドレスリストなんて誰も使わなくなるかもしれない。そうなれば、まさしく情報インフラになる。それはgoogleの商売につながるよねという次第である。
ポイントとしては、blogもそうなのだが、どこかで、すでに半分以上実現されているようなものを、一般的に普及しうるようにセンスよく焼きなおしているということころ。だから、半分実現していた人からすると、悔しいであろう・・・つまり奇をてらったアイディアでも、激しく画期的で、凡人には受け入れがたいアイディアではないところこそがミソで、だからこそ評価もイマイチ微妙であるのが最近の流行り物の特徴なのかなと。気がついたら当たり前のように使っている可能性が高いというのは、こういうものなのかなぁ。
そういえば、googleが最初に出てきたときだって、「所詮検索エンジン」って誰もが思っていたのではないだろうか?
あくまで疑問形に過ぎないのですが中間報告ということで。次に意見が180度変わってるかもしれません。以上、仕事中の気分転換ネタでした。